Fate/Grand Order⑯
*以下は「亜種特異点Ⅱ 伝承地底世界 アガルタ」の感想を含みますので、クリアした後にご覧ください
亜種特異点Ⅱの旅路を彩るのは、アストルフォとシュヴァリエ・デオンの2人
両手に花(?)をたずさえて、魔神柱の討伐を目指し、一行は地底世界の探索を行います
そのさなかに出会ったフェルグス・マック・ロイ・リリィを連れ、順次、旅の障害を取り除いていきます
あざとい新規の立ち絵が、こちら
変装のために拝借した服は、いわゆるプレイ用のものだった・・・そのような案配で披露された正義のナイトたち
新宿の2人ともども、霊衣開放の実装が待たれます
道中で印象的だったのは、クリストファー・コロンブスの扱いです
なんらかの偉業を達成した「偉人」は往々にして美化され、後世において、後ろ暗い部分について言及される機会が乏しくなります
例えばトーマス・エジソンは、対立するニコラ・テスラが有する交流の危険性を周知させるため、死刑に電気椅子を導入しました
この事実の知名度は、「偉人」であるエジソン本人の知名度とは雲泥の差があることでしょう
亜種特異点Ⅱにおけるクリストファー・コロンブスは、「偉人」ではなく、作中に頻出する単語である「歪み」の一端として描かれています
もう若くない私などからすれば、教科書的な、模範とすべき「偉人」としてコロンブスを描かない今回の切り口は、心地がよいものでした
今回の物語における黒幕に該当するのが彼女、シェヘラザードです
死を忌避するあまり、周囲を巻き込んだ自殺へと向かう反転した彼女の在り方は「とてもTYPE-MOON的であった」とでも評しましょうか
彼女は、仏陀とは似て非なる思想の持ち主です
いつまでも繰り返される輪廻、そうして生じる苦しみから逃れるために解脱を目指した仏陀は、その願い、利己のために他者に犠牲を強いてはいません
一方の彼女は、自らの願望を成就させるために、ありとあらゆる他者の犠牲を許容しました
英霊という在り方で「死にたくないなら死ねばいい。死ねばもう、死の恐怖から解放される」という、ありがちな思考に陥った人物だと見て取れます
死という硬直は、あまねく生命にとって座標の中心、いわば「ゼロ」であるといえます
生きとし生けるものは、常に進歩、向上を望むものであるがゆえに
現世という「マイナス」から、死という「ゼロ」に浮上することを目的として、自殺という手段がとられることは少なくありません
それは理知的ではなく、短絡的かつ感情的な欲求です
悪し様にいえば、自殺者というのは、すべからく快楽主義者であったということもできるでしょう
快楽に従うのは生命として当然のことです、それは悪ではありません
私の場合は、よりよく在りたいがために「ゼロ」である死を望む、そのような思考回路を持ち合わせています
こうした観点から見るなら、きっと彼女は恵まれていたのでしょう
彼女にとって「ゼロ」は生活の向上には繋がらず、常に忌避すべき対象だったのですから
物語を締めくくったのは、端役を自称し、誤配役と他称された、フェルグス・マック・ロイ・リリィでした
死への恐怖を克服するには愛を知ることが肝要であるとの彼の見解は、妥当なものです
元より愛とは対象への奉仕、打算の上には成り立ちません
死への恐怖とは生活の低下を嫌う感情からくるものであり、いわば利己的な感情です
愛を知り、奉仕の喜びを知ることは、自分を殺すことだと言い換えてもよいでしょう
これは打算、利己、死への恐怖とは対極的な感情です
愛を知らぬ(あるいは忘れた)獣であるシェヘラザードに、フェルグス・マック・ロイ・リリィが愛を教える
この物語は、一種のボーイ・ミーツ・ガールであったともいえるでしょう
亜種特異点Ⅱは、アダルティな要素があるために、万人受けするものではないかもしれません
しかし、とてもよくできた脚本であったといえましょう
以上、ご清覧ありがとうございました
ご意見・ご感想をいただければ幸いです
願わくば、あなたのカルデアに幸の多からんことを